森の風編集部
ケセラン・パサラン・ヒトリゴト
このコロナ感染症の時代にあってぜひとも 消えずに残って欲しいもの
紙の本。
写真いっぱいの雑誌。
直接多くの手が触れるものや、
物理的な管理を多く必要とするもの。
それが、今のこの感染症予防を是とする状況では
減っていく傾向にあります。
多くの人が手にとる現金は、キャッシュレス、電子マネーへ。
通帳や切符といった紙媒体も電子証明やオンラインといった
非物理的なものへの置き換えが進んできています。
ええ、本も含め、これらの動きは大分前から動いていたもので、
現在の感染予防の状況は、単に促進加速しているだけなので、
本もいずれ電子媒体が主流となり、紙の本は場所もとるし、
保存にも気をつければならない、趣味の一種となるでしょう。
丁度今の時代における音楽オンライン配信とアナログレコードの関係のように。
でも、まだ、本屋で新しい本を目にした時のワクワクや、
図書館で思い掛けない本とめぐりあった時の驚きや、
古本屋の独特の紙のすえた臭いそしてその古書が今目の前に
存在するまでに経たであろう来歴の想像これは他には、
まだ置き換えらんないんですよね。電子上でなく、
"そこに"あるから生じてくる違いというのは。
残暑
暑さも一段落し、コロナ感染症の動向も
この文章を目にする頃には一段落、
していると良いのですが。
が、暑さも病気も気持ちでどうなるもの
ではありませぬからね。
慣れはしますけど。
そう、日本を始め、感染症の影響
に伴う日常生活の変容は、世界規模で起こり、
今後5年から10年をかけて起こり得る筈だった変化が、
これからの1年で起こるでしょう。
昔、未来の世界を予測した、自宅から、一歩もでないで
生活していく日常。
まあ、でなくても済む、のと、でちゃいけない、では、
ずいぶんひらきがありますけどね。
東日本大震災の時も、外にでない方が良い日常、
というのはありましたけど・・・
今回は地域無制限、期間未定、ときておりますからね。
感染症の病気全般に言えることですが
何かを触ったら、まめに手を洗う
か
何かを口にする前は、絶対に手を洗う
は最低限お気をつけて頂きたいところ。
これも来るべき未来の、変化の一つ
とわりきっちゃいましょう。
さあて、ようく手を洗って一休みすると致しましょう。
紙製ストローということ
にして下さい↓
ベル
記憶のスミにある、
1980年頃スペイン鉄道
田舎駅における
"発車ベル”
『カラン・カラン』
真ちゅうだったのか
金色でした
『駅のホームに発車ベルが鳴り響き・・・』
なんて一節を歌なり小説などで目にしたことはございますか?
今時でしたら『発車メロディが鳴り響いて』
になるのでしょうね。
ふと思い出したのですが、うんと昔は文字通り
「ベル」、鐘だったのですよね。
左の絵はむかーし、スペインで見かけた、日に数本しか列車
が止まらない田舎駅で現役の鐘、日本では早くから、
駅の大型化に伴って、左の機械式ベル、
そして電子ベル、更には電子メロディへと
かわってしまいました。
ついこの前までジリジリジリ、と連打ベル音に急かされて
電車にとびのっていたような気がしたものですが・・・
あ、その発車ベル音とペアで、駅入口の改札ブースで
駅員さんが手に持つ、切符に穴を開けるための
検札機、がたてるカチカチという小気味良い音。
朝の通勤時間帯なんか、その絶え間ないカチカチ音
今でも脳内再生が・・・
(今回は趣味の趣味、でした)
同じく記憶の片隅の 国鉄時代の 発車ベル 『ジリジリジリ・・・』 病棟などにある 非常ベルと仕組みは 一緒?外側に鳴らす アームがあったような・・・
検札機
物忘れ
最近結構物忘れを致します。
例を上げればキリがないのですが、正に今、
この上の行の物忘れの"物"、この漢字を忘れてしまい、
他の紙に何度か書いて思い出した次第
やれやれ、物忘れ、すら忘れるとは・・・
年齢の問題から、加齢に伴い、
記銘記憶の力は衰えていくのは
致し方ないのですが、もう一つは、適度な刺激、の減少によるものなのでしょうね。
ここ数年、手を動かして、何かを書く、ということがめっきり減りました。
何か書面におこす際は鉛筆やペンではなく、
パソコンやスマホを利用することが増えました。
書面をおこすこと自体も機会が増えているので、パソコン等で
入力補助してもらうことが必要ともなっているのですが・・・
直接に紙に書く、という機会が減っている分、漢字や言い回しなどを
忘れてしまったり、そもそもさまざまな事項、やるべきこと、覚えるべき名前、も
[自分で唱えて耳で聞く、書いて動作で確認する、目で見る等々]刺激を
さほど受けずに情報処理しようとして、頭の中を右から左へ過ぎ去って
しまうようです。例えば、スマホ等に文字入力した情報は
全て均一な文字(≒視覚)情報なので、それだけでは刺激が足りずに認識が
弱くなってしまうのですよねぇ。
かといって手書きの文字の大小強弱など協調した、特徴あるメモならば充分な刺激で
忘れないかというと・・・メモ、どっかいってしまうんですよねえ↴[悲]
〔で、忘れた頃に出てくる、と〕
さてかように"書く"という刺激にて"物忘れ"に抗しようとあがいてる私め
でありますが、"忘れた"頃にもう一度同じような題材を語ることあれば御愛敬
いや、平にご容赦を慣れない漢字を無理に書くのも抗っておるわけで〕
パンドラボックス
本日の話題は、パンドラボックス、です。
"パンドラボックス"、とあるTVゲームにおいて
主人公の乗るロボットに設置されるミサイル発射装置の名前です・・・
ふーん、パンドラボックス箱の形をしていて、ミサイルがでる・・・あ、
’パンドラの箱’か。
ギリシャ神話において、パンドラさんに与えられた、
この世界のありとあらゆる災いや怖いものが詰まった箱でして、
好奇心に駆られたパンドラさんがその箱を開けたために、
この世にありとあらゆる災いが生じるようになった、
が、あわてて箱を閉じたので、全部は飛び出さなかった。
予め箱の中に詰められていた全ての災厄ができらなかったことで、
この世に希望が残された、とも言われているそうでして。
われわれも、心の中に、厳重にフタされた、パンドラの箱のような概念を
持ち合わせている、と思っています。
それを開けてしまったら
自己の精神の自制が効かなくなってしまう
のではないかと感じてしまう。
開けてしまったら、過去の、これまでの忌まわしい記憶が
あふれてしまのではないかと脅えるような、
そんな領域です。
そんな己の中のパンドラボックスに遭遇してしまったときは・・・
その想像の中のパンドラボックスよりも、もっと小さな箱を想像してみて下さい。
それでも、まだ恐怖脅威を感じたならば。それよりも、もっと小ぶりな
それでもまだアレならもっともっと小さなびっくり箱みたいな・・・
あれ?これがパンドラの箱だっけみたいな[えー箱だけに閉まらない話で]
物忘れ
最近物忘れが強く感じるようになってきまして、どれくらい物忘れかというと
最近でなくても物忘れはしていたな、と
(つまり、最近でない物忘れの事実を忘れた?)
いや、それどころか、以前この話題、話したことありましたっけ?
話したとししても、そのことを忘れているから、初めてのこととして書きますけど…
なんてことまで以前に書いたことがあったら本当に恥ずかしいし
確かな物忘れですけど、でも実際、前回自分が何を書いたかすら忘れているわけでして、
流石に物忘れについて書いてはいないことは確信していますが…
とまあ、ここまで書いておいて、一応物忘れ防止なり対策について書きたいところですが、
ここまで、物忘れ自慢してしまった後ですと、もう何を言っても
説得力はなさそうですね。むしろ、前向きに考えると、
昔読んだ本の内容を結構忘れてしまうので、もう一度読んで楽しめる、とか。
でもその流れで漫画の新刊がでた、と買ってみると家の本棚にすでに同じものが…
もありますね。ここまであやしげな記憶を頼りの物忘れ対処法を言われても
説得力がないのは承知の上で申し上げると、
・指差し呼称[覚えるべきモノ・事を指で差して視覚で確認。声に出して聴覚で確認。]
・指折り確認[指を折りながら、覚えるべきことをその指に対応させながら覚える]
ブラック・ホール
先日のニュースにて
M87星雲にあるブラックホールが観測されて
画像になったという話題がありました。
ブラックホールとは、太陽の大きさよりももっと大きい
恒星(輝く星)が寿命を迎えた後に、巨大な質量をもった
まま縮んだ場合、つまりとてつもない密度にまで圧縮された時に、
光さえも吸収する重力をもったものを言います。
この世で一番速いとされる光の速度でもブラックホールから抜け出せない、
つまり、この世の何ものであっても、ブラックホールにおちたら
抜け出せない。ただ、ブラックホールに吸収されたものは、吸収される際に、
高速のガスを放出しながら吸収されるため、ブラックホールそのものは見えなくても、
間接的に、ガスを見ることで、ブラックホールの形が想像できる、ということです。
因みにM87星雲は本来は、特撮ドラマ”ウルトラマン”でのウルトラマンの故郷
にあたる星雲なのですが、タイプミスから台本でM78星雲となってしまい、
今もM78星雲が公式設定となっているそうです。
ウルトラの故郷にはなりそこねるも、ブラックホールの故郷となったM87星雲。
あ、観測されてないだけで、ブラックホール自体はあちこち、我が銀河系にもあるのでは
と言われています。
青春18切符と本の旅
先だって、電車での長旅に読書が良い。
とそのように書きました。しかしよく考えてみますと、
読書は、それは自分の好みに合う本でしたら、どこで読もうとも、
それは楽しいものです。
ならば、旅行中列車の旅、それならではの
読書のシチュエーションを考え、実践してみるのはどうか
そこで色々と試したものですが。
まずは古典的ですらある鉄道ミステリー小説はどうでしょう。
今時でも、駅のキオスクなどで、鉄道ミステリーを
置いていたりするものですから、初心者(?)にはうってつけ。
その中でも古典とされている松本清張氏の小説…
東京駅×点と線(東京駅で、2つ3つ離れたホームで
目撃された2人が翌日殺された。当事も今も混雑している東京駅で目撃か?とムリがある)
趣向をかえて、今や数えるばかりとなった寝台特急ですが、
それに乗る機会があったならば…
寝台特急×きけわだつみの声(戦没学生手記集)
夜半にきしむ客車に横になりながらこれを読むと
連れてかれる子牛のドナドナ気分で涙がとまらなくなります。
そしてかぶせていくなら、
大垣夜行×アンネの日記
座席が満席で、床に座り込むしかなくなると、
文字通り足の踏み場もなくなり、かつ、そこに
通路を通る人もいるのだから…一晩中、その中で、
息を潜めながらも、生き抜こうとしていた人々のことに
思いをはせる…
旅の読書のお話が、いつの間にか極端な状況自体を楽しむ
エクストリーム読書の話にすりかわってしまいましたねえ。
まあ皆様もお試しあれ
青春18切符耐久行
旅行雑誌などでお得情報といえば
お馴染みの…で紹介されるJR鉄道のり放題
の青春18切符、夏冬の長期休み期間だけ
発売され、5回分(5日間分)で約1万2千円
1日あたり2千3百円。これでJRの普通列車
丸1日乗り放題[新幹線・特急・急行乗ろうとすると
特急券だけではなく、運賃も別途必要、つまり使えない]
この18切符、鉄道会社からすると採算がとれない、鉄道旅行需要を掘り起こすため
のサービス切符で、いずれ廃止されるとおそれられつつ、うん十年、今年も
また発売され、有り難いことです。
今回は、この切符でいかにお得に旅行するか、
ではなく(そのコツなら遠くまで乗る!)
いかに車中の苦しさと向き合うか、というお話です。
長丁場ともなると鈍行列車の始発から終点まで
6時間…半日乗るということもざらで、次の駅で接続列車を
待つ時間…数分から、時には数時間…ある意味そちらの方が
息抜きで、実のところ車中でひたすら列車が終点まで走るのを待つ…耐える、
というのが実は、この18切符旅行の醍醐味です。景色を楽しむ、といっても
似たような光景ばかりだと飽きます。食べる、といってもすぐに終わってしまします。
そこで、本の登場です。ところが、これも難しい。普段から読み慣れているような本だと数時間で
読み終えてしまい、残りの旅程ずっとその荷物を抱えてしまうこととなります。
(本の買い読み捨て、という荒業もあるのですが…それは、したくない)
勉強のための教科書、この場合、思い医学書を何度か持ち込みましたが、
デッドウェイトを増やしただけでした。
(しかも旅の行き帰り持っておく必要が。絶対に処分できない高額品ですから…)
まあ、車中での睡眠薬と考えれば、あれは数ページ読んだだけでガタゴト眠れる…
(続く)
ケセラン・パサラン・ヒトリゴト
今さらなのですが、本稿のシリーズタイトルが、上記に決まりました。
なので、ペンネームも、ケセランパサランで決まりでしょうね。
そうそう、名前は聞いたことあるような、
でも、その正体がはっきりとしないあいまいなもの。
ケセラン・パサランもそんなもののうちの一つでしょうね。どうも綿毛のお化けとも、妖精とも、言われておりまして、
人によっては受け止め方が色々、私なんぞも、何だか勝手に、北海道の方の地元妖精コロボックルの親戚である、
とうろ覚えながら決めつけておりましたがまあそのあいまいさが良いというか、本稿のシリーズタイトルとしてもいい加減さが良いというか。
ああ、でも決め手は、これもまた諸説あるケセランパサランの名前の意味がスペイン語から来ているという説でして。
(what will be . they will pass)"あれは何でしょう あれは通り過ぎるでしょう"という、何とも意味深な…
つまり聞くも聞かぬも皆様の耳をただ通り過ぎるだけの独り言、それがケセラン・パサラン・ヒトリゴト というわけです。
"私はロリータが好きでした"
こういう上のようなものを釣りタイトルとでもいうのでしょうか。私がいわゆるロリコンと思われた方は少々お待ちください。
まずはそのようなものではありません。その前にスペイン語講座です。
スペイン語において接尾語-ita(女)/-ito(男)これが語尾にくると「小さいもの」という意を単語に加えます。
さて、一方、Lola(ローラ)という女性名があります。これに-ita[女性形接尾語]つけると、
Lolita(ロリータ・ローラちゃん)という愛称になります。ここまでは普通。
ところが同名の小説「ロリータ」にて
幼いローラを愛してしまう男の話、があまりに有名になりすぎて、小児愛者全般のことを「ロリータ・コンプレックス」と称するようになり、
これが略されて「ロリータ」あるいは「ロリコン」というようになったのです。
さて、ロールケーキのロールはRoll、スペイン語ではRollo、これに小さい、をつけてRollita、
昔ブルボンのホワイトチョココーティングロールクッキーの名前が、そう、ロリータ。
私の好物でした。しかし件のロリコンの概念が浸透してくるに従い名前が変わり残念。
事実は小説よりも奇なり
「地球と宇宙を結ぶ定期航路が開設されている」
「自律型のロボットが人類の労働の大部分を肩代わりしてくれる」
「企業が宣伝のため火星まで電気自動車を飛ばす」
さて、これらのうち、どれが嘘でどれが本当のことだと思います?
嘘、といっても昔のSFの小説や漫画で21世紀の今には
当然になっているであろう、といった
事柄なのですが・・・
答えは、最後の民間企業が、開発したロケットを
試験打ち上げて、火星軌道まで投入する、が本当です。
まだ特定の荷を打ち上げる契約はなく(いずれ火星探検を計画)
その為、話題づくりも兼ねて、
企業の社長の私物の電気自動車を載せるのだとか。
一番ありそうもないことが現代となるこの不確定な現代、と。
2018/2/6 打ち上げたそうです
嗚呼、餃子
たかが餃子、されど餃子、我がソウルフード(思い出の料理)
といいますと、この餃子か俵コロッケかになります・・・
まあ、俵コロッケについては、またいずれお話するとしまして、
まずは、餃子です。出身は東京でしたが、
家では良く手造り餃子を
食しておりました。母が材料を刻んで用意して、
我々兄弟がそれを皮に包んで、父がそれを上手に焼く・・・
幼少時の美化された思い出だったのかもしれませんが、今でも、
のセットをありありと思い出します。
餃子の皮の真ん中に具材をのせ、水で湿らせた指で
皮の外縁をなぞったら皮を半分に折りまげながら
皮のフチを指で圧着。我々子供達の完成品は
そのフチの圧着が甘いものだから
焼くと中身のはみでること。
崩れること。まあ、でも美味しい。
でも案外お楽しみが、余った皮にチーズを詰めた
通称"デザート"。甘くないけど口直しとなるので、
又、餃子が入る…
クモとヘビ
クモ派とヘビ派がいらっしゃるとか・・・
クモが苦手か、ヘビが苦手か、そのどちらかであることが
多いのだとか。
あ、因みにゴキブリさんは、殿堂入りの文句なく
ほとんどの人が苦手なので・・・
クモかヘビかで言うのなら、クモだったら、
あの多脚が駄目だという人や
ヘビだったら、あの足がないのにスムーズに
動くのが嫌という人や、つまりどちらかの特徴は
畏怖なり、未知に感じてしまうようです。
因みに私は、ヘビが苦手派です。
ニョロニョロ迫ってこられると・・・
あ。勿論ゴキブリも苦手ですが・・・
触れというなら、まだゴキブリの方
でしょうか・・・脱線失礼
本題は、と、クモは結構好きです。
糸にぶらさがっているクモと
たわむれるのも嫌いではないのですが・・・、
そんなクモ好きのあなたにおすすめしたいのが、
「攻殻機動隊」(原作漫画からアニメ、実写映画まで、幅広く展開)
そのアニメシリーズに登場するクモ型ロボット
「タチコマ」(立つ駒、だとか)
自律型思考戦車で主人公を助ける
正義のロボット・・・スパイダーマン、じゃない、あれは
クモ人間、までも、あんな感じで空を舞い
人口知能とやらが、どこまで人に近づくか、
人以上になるか、物語の根幹にかかわる、
オシャベリロボットです。
ことば
ことばが通じるということはとても大事です。
ことばが通じないと将棋がチェスに
なってしまいますから。
昨今話題の将棋、それと西洋で一般的なチェス、
その一番のルールの違いは、
ゲーム上獲得した相手の駒を
自軍の駒として扱う(将棋)か
扱わない(チェス)か、です。
このルールの違いには、中世において歴史的に
同民族同士で戦ってきていたか、
それとも他民族同士で戦ってきたかの違い
によるところが大きいと言われています
(決して日本人が"優しい"から、
相手方の駒を味方として受け入れるわけではない)。
そしてそれはことばが通じあったか、
そうでなかったかの違いでもあると思われます。
ほぼ同民族・同宗教・同言語同士で
戦っていた日本の中世~戦国時代、
一方、異民族・異宗教・異言語同士で
戦うことも多かった中世ヨーロッパでは、
戦った相手を味方にしようにも
言葉も宗教(すなわち価値基準)も
違っていると、味方にするための交渉もできない
あるいは信用することも難しい。
よって、相手は追い払うか皆殺しか、
文化、歴史的背景の違いとはいえ
ことばが通じるって大事ですよね。
真実は一つ!!
・・・と某探偵漫画の決めゼリフ
みたいですけれど、まあ、昨今ネットニュースだの世間では
あれが正しいだのこれが間違いだの色々と騒々しいですよね。
いや、現実でも、自分の思っている現実、というのと、
他人がそれを見ている状況とでは、当然違いがありますから
同じ話をしていても、喰い違いや誤解なんていうのは
しょっちゅうです。まあ例えば、診察室で、
患者さんの話を聞いている際、ドクターが見立てる病気としての診断、
ただこれが"真実"ではないわけでして。
患者さんからの見方、家族からの見方、
他の医療スタッフからの見方、
はたまた別のドクターからの見方、いってみれば、
それぞれの人の数だけ"真実"があるものです。
どれも"正しく"もあり"間違い"でもあり・・・
それを踏まえた上で、"真実"に近づこうとする、
話を互いに続けること
それが一つの真実に限りなくなくなるのかなっと
ザンベジ川にかかる橋
ここはアフリカ大陸ジンブバエ共和国世界三大瀑布の一つ
ヴィクトリアの滝その滝から下流に少し来たところ。
ザンベジ川に架かる鉄橋です。
川まで100mあるとか。その橋の真ん中、はるか下の水面を
見おろす位置に、私は立っていました。
何のためか?鉄道が通行していない時間帯、
そこは、バンジージャンプ会場となるのです。
足首をきつくしばられ命綱を結ばれると、
橋の一段下にあるテラスから
川目がけて 飛びおりることになります。
さすがに緊張して、ふるえらしきものが、でてきます。
係員が説明します。
「3(スリー) 2(ツー) 1(ワン) と私が言ったらバンジー!
の掛け声と共にジャンプするんだ」、「OK?」
『OK』と私が答えるや否や、
「3,2,1,バンジー!!」
(エエエ??!!)
(さて、どうなったでしょうか♪)
ギリシアの火
今頃はそのスポーツ祭典の結果も
悲喜こもごも出揃っているところでしょう。
さて、そのオリンピック発祥といえば
ギリシャ(ギリシア)ですが、その名を冠した ギリシアの火
なるものがございます。
さて、これはなんであるか御存知でしょうか。
かの古代ローマの文明を守り伝えるのに一役買い、
現代にまで使用が続けられている。
伝説の火。
・・・オリンピックの聖火?・・・
いえいえ違います。
その正体は、実のところ、正確なものが何であったかは、
分からないままなのですが、それは、ローマ帝国末期、
ギリシア人科学者が発明したとされています。
現代でいうところの、"火炎放射器"です。
この秘密兵器により、東ローマ帝国は幾度も
侵略軍を追い払ったとされます。
余りにも威力があったため、
帝国はその製法を秘法とし、結果、
帝国の滅亡と共にその正体も
分からなくなったとされています。
(その正体は、火薬に近いもの、
石油由来のナパーム、等々未だに研究途上)
(帝国が滅んだのは大砲の発達によって、でした。)
その名はロマンティック、されど物衰しき兵器の名
蛙カエル
梅雨になるとやってきます。
森病院名物、廊下べりのアマガエル、です。
小動物、虫系が苦手な方には
申し訳ないのですが、あやつらは
妙に愛敬があって、可愛らしい、時々院内
奥深く、どうやって入った、
というところまで探検しにきていたりします。
時折り力尽きて干からびた奴に
遭遇することもありますが・・・
ともかく、みかけたら知らんぷりして、
そしてもし暇があれば観察してみて下さい。
ジッとしているもの、フルフルしているもの、
見た目は一緒でも個性らしきもの、
見分けられるかもしれません
シュレディンガーの猫
ものすごく細かいレベルでの観察と
可能性を考える学問でして、その量子力学者のシュレディンガー
という人が、こんな説を唱えました。
『箱の中に猫を一匹と、一定のタイミングで
毒が排出される装置を置きます。
但し、いつ毒が放出されるかは、
誰にも分かりません。
この状態で、箱のフタを閉じます
すると・・・
『箱の中の猫は生きていますか、死んでいますか』
箱の中を開けるまで、どちらかは分かりません。
つまり、どちらの可能性もあります。
つまり・・・"箱の中の猫は
生きていて同時に死んでもいる"
可能性だけを、つきつめていくと、
こういうことも起こりうるわけでして、
その流れでいくと、奇跡、だとか、不可能だ、と
思われることも"あり得ないわけではない"
あり得ない、くらいに確率が低かった
としても、0.ではなく、確率を高める働きかけを
していくことで、あり得る、に
傾いていくわけですな。
世界のお皿から
さて今、目の前に1枚の絵葉書があります。
土鍋のような、素焼きの器の上に盛られた
海老、貝、何かのフライ。
器の周囲にはコップだのパンかごだのが並んでいて、
どうやら食卓のシーンらしい、ということが分かります。
そして右下には、IBERIAというロゴがはいっています。
どうやら、これはどこかの名物料理を
写した絵葉書のようです。
そして、裏を返して見ると
(葉書のあて先やらを書く欄と共に)
表の写真の解説が書いてあります。
なになに・・・
"魚介の煮込み" うん?
"油を引いたフライパンに刻んだタマネギとイカをしいて・・・"
"・・・15分オーブンで焼いた後にパセリを散らして召し上がれ"
ありゃ、料理レシピです。
でも分量が一切書いていない。
後は表の写真で目分量で判断せよ、
ということですかな。
どうやらこれは、スペインの家庭料理、
"魚介の煮込み"、で、この絵葉書自体が、
スペインのイベリア航空の販促グッズ、(機内で
配られたものかもしれませんけれど)のようです。
だから、旅で訪れた外国人観光客向けに
料理風景シリーズとして発行されたものと思われます。
"伝統のお皿)No8"だって。
当然、携帯電話のカメラですぐに写真を撮って、ネットに表示 、
なんていう時代ではお目にかかれないものでしょうて・・・
少なくとも、50年以上昔のものと思われます。
どうしてそんなものが目の前にあるか、
という話についてはまた後日。
頭の良さ
頭が良い、とは、どういうことでありましょうか。
頭の良い人、とは、どんな人でありましょうか。
頭の良い人、は 良い人間なのでしょうか。
では頭の悪い人とは、頭の病気、つまり、心の病気に
かかりにくいかかりやすい等 関係はあるでしょうか?
まず、頭が良い、といっても、様々な指標を
指しているものです。
例えば、学力の高さ、記憶力の良さ、
身体の動かし方を把握している、
人づきあいのやり方を心得ている・・・等々
これら総じて全部高いレベルで 獲得していれば「頭が良さそう」
くらいは言われるかもしれませんが、逆に言えば、
学力が高い人がみんな「頭が良い」とは限らないという点。
だって、学力が高いといえば、私を含めたドクター、
基本学力が高くないとなれませんが、
ほら、ドクターがみんな頭が良いか」と言われれば、ねえ・・・
(ま、少なくとも私自身はそんなに記憶力良くないし・・・)
「頭が良い・悪い」の中には元々持っている様々な素質、
それを伸ばす伸ばさないの選択そしてそれを発揮する個性など
様々なものが関与していて、それに病気(心の病気・身体の病気)
も関与して、とても一つの指標や要素で
詰まることはできなさそうだということですね。
逆に何か一つの事柄・要素に限ってみれば
誰もが「頭の良い要素」を何かしら持っている可能性は
あるということです・・・
早口でしゃべれる・TVゲームに関しては記憶良い・卵割りは早い・
等々さてはて
若者よ大志を抱いて旅に出よ
この言葉を残したのは、かの有名な、
北海道の大地におもむいた、偉大な旅人で
ありまして・・・ 曰く・・・
えーまあ、そういうわけで、
旅の思い出でしたら、うなるほど
持ち合わせております。
・貧乏旅行の定番と言えば、青春18切符」
夏・冬のみ発売されるJRの普通列車
(新幹線・特急・急行は不可)
乗り放題の切符でして、学生時代、
帰省のたびに良く利用しておりました。
切符は5日分で約1万2千円、つまり1日どんなに
遠くまでいっても2千円と少し。
理論的には東京を深夜に出発して、
その日の深夜に九州に到着!
(一切新幹線とか使わず。
但しそこから朝になるまで、普通列車が動かないので、
九州は小倉の駅で夜を明かすことになりますが)
友人と小倉の駅までやってきて、
そこで早朝の一番列車を待っていたら、
酔っ払いの人に絡まれて、
"俺と朝までトランプしようよ"
"???"
と困惑したのも今となっては、
良い思い出です。
謎かけ
朝は4本足、昼は2本足、夕は3本足これは何でしょう」
有名な謎かけですね。
エジプト地方に住むというスフィンクスという名の怪物
(頭は美女、身体はライオン)
が街道を通る旅人に問うては、答えられない人を食べてしまう、
という、こわーい謎かけです。
答えは、「人間」です
朝、つまり生まれたては赤ちゃんだから4つ足でハイハイ・・・
昼、つまり大人になったら2本の足で歩き・・・
夕、つまり老人になったらつえをついて歩く
(両足+つえ、で3本)で、答えが分からなかった人に、
もう一問。「朝は4本足、昼は2本足、夕は0本足これは何でしょう」
答え
まずは4本足で身構えて。
次、前2本足を持ち上げ
後ろの2本足で地面を
蹴ります。そしてジャンプの瞬間は
足が地面を離れています・・・
そう、答えは
「あなたを食べようとするスフィンクス」
部屋とスタートレックとわたし StarTrek®
「敢えて言おう。スタートレックがなかったならば、
私、本田は今この森病院にいなかったであろう」
事の発端を申し上げますと、当時大学病院にて、
医学の研究・学習を励もうとしていた時期がありました。
当然、医師は日々の外来・病棟での
業務の合間に自らの研究テーマを一つ設定して、
そのテーマに沿った研究・調査・実験などを
行っていくわけです。
しかし、私めは、その研究テーマがなかなか決まらず、
そうこうしている間に、その大学精神科医師の集会、
"医局"、の中で小発表をする時期となってしまいました。
苦し紛れに思いついたのが、"日米における虚構世界の文化的差異について"
いかめしいタイトルですがその内容は・・・
米国のSFドラマ。"スタートレック"
と日本のSFアニメ"宇宙戦艦ヤマト"
を比較論評するだけ。という、お手軽・非学術的な・単なるファンの
与太話・例えば、"ヤマト"では、その成り立ちからして、同じ船(つまり器)を
使い続けるのに対して、"スタートレック"では、船が沈没したら、
すぐ新しい船にのりかえたり、場合によっては、クルーも一新しちゃうよ、
みたいな(象徴的な"エンタープライズ"という名前だけは引き継ぐけど)
まあ、その、私がそういう発表した集会は
凍りつき(SFファンの医師は数名苦笑してたけど)
つくずく、研究に自分は向いていないなあ。と、
思い知ったことから、その後、研究より、実践の診療を中心に
やっていこうと思い到り、今、この森病院に勤務に到っているわけです。
有難う、スタートレック。
キャプテン日誌。終わり。
部屋とYシャツと私
やや古いですが、平松愛理さんのラブソングのタイトルです。
♪部屋とYシャツと私、愛するあなたのため毎日磨いていたいから~♪
(だからかまってちょうだいと)
と続く、ウィットに富んだ 歌なのですが・・・
私の場合、大学の同級生(♂)が「部屋とワイセツな私」と替え歌にして
いたのがもう印象深かったものでして、
そして、まあ、この方式でいきますと、
〇〇と△△な私」というフレーズにする
ことで、現在の自分を表現できることになります。
例えば、今の私は歯が痛い。すると、ドリフと歯の痛い私」
となります(??) ・・・
それはある寒い冬の晩。
ポケットに手をつっこんで階段を降りていた私は、転んでしまい、
段差に顔からつっこんでしまい前歯を折りました。
その晩TV「8時だよ全員集合」のドリフターズのコントを見ていて
面白いやら歯が痛いやら情けないやらで泣き笑い・・・
逆に今になって、歯にまつわる思い出やら
実際に、歯が痛くなると、その時見ていたドリフを思い出すのです。
皆様、くれぐれもポケットに手をつっこんで歩かれぬよう・・・
ムセに御注意
水を飲んでムせる。食べカスを飲みこみはぐってムせる。
そういう経験はございませんか?
人間には嚥下反射というものがあり、飲食物が肺に通じる気管ではなく
胃に通じる食道を通るよう複雑に働いています。
この反射が弱くなると気管に"誤嚥"してしまいこの誤嚥された
飲食物(あるいは唾液(ツバ)を排出させようと"ムセ"るわけです。
(これは咳嗽反射)逆にまだムセているうちは
よいのですが、この反射まで弱くなってしまうと、
飲食物等が肺・気管に滞ってしまい"誤嚥性肺炎"となってしまいます。
最近ムセるという方はゆっくりとゴックンを意識して飲み食べして下さい
・・・と真面目そうなお話は前フリでして、
最近、ペットボトル一気飲みで、ムセるんですよね・・・
ああ、反射が弱くなるお年頃。でも、実は昔からムセていたものの思い出があるのです。
昔、スペインの農村では、暑く乾いた土地柄から大きな水筒やつぼに
水を入れ、皆で回し飲むのですが、清潔を保つよう
口を直接付けず、上から口に流し落としのむ習慣がありました。
そして大人ほど、口から離して高いところからのむがお洒落・・・
真似しては、ムセたものです。ああ、昔から・・・
ナポレオンとスペイン
"ピレネーの南はアフリカである"
ピレネー山脈はフランスとスペインの間にある、
丁度国境の役目もしている山々です
この言葉を残したのはフランスの皇帝ナポレオン。
彼は、ヨーロッパの多くの国と戦い、征服しました。
そして、スペインにも侵攻、スペインの暑い気候、
フランス軍に対してゲリラ攻撃をしかける
スペインの民衆に手を焼き、ヨーロッパの他の国々とは
違う様相に冒頭の言葉を残したと言われます。
〔因みに、"ゲリラ"という言葉自体、このとき使われる
ようになったスペイン語、"小規模戦争"です]
しかし、この言葉、スペイン人は怒りました。
ヨーロッパの国々の中でも西端に位置するという事実、
中世にはイスラムの支配化に対し、抵抗したという事実
(そのイスラム軍勢はアフリカ大陸から北上してきた訳で)
①我らがスペインをヨーロッパではなく、アフリカと位置づける
気か、フランス野郎めー
②そっちがその気なら、かつてイスラム軍を追い出したように、
フランス軍を追いだしたる!
という訳で、現在スペイン人の一部はこう言います
;ナポレオン?ロシアでも負けたがスペインで大負けしたんだ
奄美大島
奄美大島(鹿児島県、沖縄の北東)
の田舎では刺身しょうゆにお砂糖をふんだんに
かけて刺身を食べるそうです。
それはその昔、奄美の特産である
黒糖はほとんど九州の薩摩藩に
納めねばならず、庶民は甘いものを口にすることが
できなかったから、その名残りであると言われています。
たかが、習慣、されど習慣ですね。
どんなことにも意味や理由があるものですね。
因みに奄美大島は私の母親の出身地です。
今ではダイヴィングで有名ですね